
AI生成によるイメージ画像
緊張していたのは間違いないんですが、いわゆる「新社会人のワクワク感」みたいなものも、少しだけあった気がします。スーツを着て、まだ新品の革靴を履いて、電車の窓に映る自分をなんとなく見ながら、「これから社会人か」とぼんやり考えていました。
会社の最寄り駅に着いたときは、まだ時間に余裕があって、少し早めに着きすぎたかな、と思うくらいでした。初日から遅れるわけにはいかないと思って、かなり早く家を出たのを覚えています。
ビルの前に立ったとき、「ここでこれから働くのか」と、少し実感が湧いてきました。
特別に大きなビルというわけではないけど、広告会社らしく、入り口にはいくつかのポスターや制作物が飾ってあって、なんとなくそれっぽい雰囲気はありました。
受付で名前を伝えて、案内されて中に入ると、すでに何人かが席について仕事をしていました。
朝のオフィスって、もう少しバタバタしているイメージがあったんです。電話が鳴っていたり、人が行き来していたり、挨拶が飛び交っていたり。
でも、そのときの社内は、思っていたよりも静かでした。
誰もがパソコンに向かっていて、カタカタとキーボードを打つ音だけが響いている感じです。話し声もほとんど聞こえなくて、少しだけ空気が張りつめているように感じました。
案内してくれた先輩が、「ここ座っていいよ」と言って、自分の席を教えてくれました。デスクの上には、新人用に用意された名札と、何冊かの資料が置いてありました。
「よろしくお願いします」
そう言って軽く頭を下げると、近くの席の人たちが、こちらをちらっと見て、軽く会釈をしてくれました。
無視されているわけではないし、冷たいわけでもない。
でも、思っていたよりも淡々としているな、という印象でした。
そのあと、簡単なオリエンテーションが始まりました。
会社の説明を聞いて、広告営業の仕事の流れを教えてもらって、今後の研修について軽く話を聞く。内容自体はごく普通で、特に違和感を覚えるようなことはありませんでした。
「最初は覚えることが多いけど、ゆっくり慣れていけば大丈夫だから」
そう言ってもらえたときは、少し安心したのを覚えています。
ただ、ところどころで出てくる言葉に、少しだけ引っかかる感じがありました。
「数字はしっかり見られるからね」
「営業は結果がすべてだから」
「最初は大変だと思うけど、乗り越えれば楽になるよ」
どれも、営業職なら当たり前に聞く言葉です。だから、その場では特に何も思いませんでした。ただ、なんとなく頭の片隅に残っていたのは確かです。
昼前になると、先輩が社内を案内してくれました。
打ち合わせスペースや、制作チームの席、コピー機の場所なんかを一通り見せてもらいながら、「うちはWebも紙も両方やってるからね」と説明してもらいました。
「営業は新規も既存も両方担当することになると思うよ」
その言葉を聞いたとき、少し身が引き締まる感じがしました。
正直、営業の仕事がどれくらい大変なのか、まだよく分かっていませんでした。ただ、「思っていたよりも責任は重そうだな」という感覚だけは、なんとなくありました。
昼休みは、何人かの先輩と一緒に近くの定食屋に行きました。
そのときの会話は、思っていたよりも普通でした。
出身地の話とか、学生時代に何をしていたかとか、そんな他愛もない話が中心で、「思っていたよりも話しやすいかも」と少し安心したのを覚えています。
ただ、途中で先輩の一人がこんなことを言いました。
「まあ、最初の一年は大変だけどね」
笑いながら言っていたし、嫌な感じではなかったんですが、その一言だけ、妙に印象に残りました。
会社に戻ってからは、簡単な事務作業を手伝いながら、社内の雰囲気をぼんやりと眺めていました。
電話が鳴ると、すぐに誰かが取って、短い言葉で要件を伝えて、またパソコンに向かう。
その繰り返しです。
特別に怒鳴り声が聞こえるわけでもないし、誰かが叱られている様子もありません。
でも、なんとなく全体的に「余裕がない」感じがしました。
みんな真面目に仕事をしている。
それはすごく伝わってきました。
ただ、その真面目さが、少しだけ張りつめているようにも見えたんです。
夕方になると、少しずつ帰り支度を始める人もいましたが、席に残って仕事を続けている人も多くて、「定時ってどれくらいなんだろう」と、ふと気になりました。
その日は特にやることもなかったので、定時に近い時間に「今日はこれで大丈夫だよ」と声をかけてもらって、会社を出ました。
ビルの外に出て、夕方の空気を吸ったとき、少しだけほっとしたのを覚えています。
「なんか、思ってたのと少し違うな」
帰り道、そんなことをぼんやり考えていました。
すごく嫌なわけじゃない。
でも、すごく明るいわけでもない。
まだ初日だから、何も分からないのは当然なんですが、なんとなく小さな違和感みたいなものが、心のどこかに残っていました。
それが何なのか、そのときはうまく言葉にできませんでした。
ただ、少しだけ、「これからどうなるんだろう」と考えたのを覚えています。
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