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授業が終われば、そのまま友達と出かけたり、
「明日は休みだ」と思うだけで、なんとなく開放感があった。
いわゆる「華金」という言葉が、しっくりくる感覚だったと思います。
金曜の夕方になると、どこか街の空気も明るく感じて、
特別な予定がなくても少し気分が上がる。
そんな時間が当たり前のようにありました。
でも、営業の仕事を始めてからは、
金曜の感じ方が少しずつ変わっていきました。
もちろん、休みが近いのは変わりません。
土日があると思うと、気持ちが少し軽くなるのも事実です。
それでも、以前のような開放感は、あまり感じなくなっていました。
金曜の朝、席に座ってパソコンを開くと、
まず頭に浮かぶのは「今週の動き」でした。
月曜からかけてきた電話のこと。
営業先で話した内容。
返事を待っている案件のこと。
一週間の積み重ねが、自然と頭の中に並び始める。
金曜だから気持ちが緩む、というよりも、
「今週どうだったかな」と振り返る時間になることが多かったんです。
電話の履歴を見ながら、
「あの人にはもう一度連絡した方がいいかな」
「来週に持ち越しになる案件が増えてきたな」
そんなことを考えているうちに、
いつも通りの仕事のペースに入っていきます。
特に、週の後半になると、電話の内容も少し変わってきます。
「今週中に一度だけお話を」
「来週に向けてご状況だけでも」
そんな言葉を、自分でも自然と使うようになっていました。
一週間の区切りが近いからこそ、
少しでも前に進めておきたいという気持ちが、自然と出てくる。
それは先輩たちも同じでした。
金曜の社内は、明るいというよりも、
どこか落ち着いた緊張感がある空気でした。
電話の本数も、思ったより減りません。
むしろ、「今日のうちに連絡しておこう」という流れで、
最後まで動いている人が多い印象がありました。
席の周りを見渡すと、
メモを取りながら話している人、
少し早口で説明している人、
電話を切った直後に次の番号を押している人。
一週間の終わりというより、
「締めくくりに向かって動いている」という空気が流れていました。
営業先から戻ってくる人も、
席に着くとすぐにパソコンを開いて、報告や整理を始める。
その姿を見ていると、
まだ一週間が終わっていない感覚が続いていました。
自分も同じように、金曜の夕方は少し忙しくなります。
今週の電話の内容をまとめたり、
営業先で話したことを整理したり、
進みかけている話を見直したり。
来週の予定を確認して、
次に動く準備を少しずつ整えていく。
その作業をしていると、
「やっと終わり」というよりも、
「来週に続いていく」という感覚の方が強かったんです。
ある日の帰り道、ふと思ったことがあります。
「あれ、金曜なのにあまり軽くないな」
疲れているわけではありません。
でも、完全に気持ちが切り替わっていない。
頭のどこかに、今週のことが残っている感じがしました。
「あの案件、来週どうなるかな」
「月曜にもう一度連絡した方がいいかな」
「来週はどこから動き出そうかな」
そんなことを、無意識に考えてしまう。
それは、月曜の朝に感じる重さとは少し違います。
でも、完全に開放される感じでもない。
金曜の夜でも、
頭の中に仕事が少し残っているような感覚でした。
同期と話していても、似たようなことを感じている人が多かったです。
「なんか、金曜って感じしないよね」
「まだ仕事のこと考えてるかも」
「月曜の準備してる感じあるよね」
そんな会話をして、少しだけ納得したのを覚えています。
営業の仕事は、一週間できれいに区切れるものではない。
月曜に始まった動きが、
そのまま来週に続いていく。
途中で止まるわけでもなく、
完全に終わるわけでもない。
だから、金曜の夜になっても、
完全に気持ちが離れないのかもしれません。
もちろん、休みに入れば少しずつ忘れていきます。
でも、学生の頃のような、
「全部終わった」という感覚は、あまりなくなっていました。
それが、大人になったということなのか、
営業の仕事だからなのかは分かりません。
ただ、金曜が特別に軽く感じる日ではなくなったのは確かでした。
一週間の終わりというより、
次の一週間につながっていく通過点のような感覚。
そんなふうに思うようになってから、
「華金」という言葉が、少し遠く感じるようになっていきました。
それでも、帰りの電車に乗って窓の外を見ていると、
一週間を乗り切ったという小さな実感もあります。
完全な開放感ではないけれど、
どこか静かに一区切りつくような気持ち。
そんな少し大人になった金曜を、
気づけば当たり前のように過ごすようになっていました。
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