
AI生成によるイメージ画像
特に、電車に乗っている時間。
座席に座れた日も、立っている日も、
気づくと何も考えずにぼーっとしていることが増えてきました。
朝の電車は、どこか緊張しています。
「今日はどれくらい電話をかけるんだろう」
「営業先では何を話そう」
「昨日のあの件、大丈夫だったかな」
そんなことを、自然と考えている。
頭の中で、もう一日の仕事が始まっているような感覚があります。
でも、帰りの電車は少し違います。
会社を出た瞬間、肩の力が抜ける感覚があって、
駅に向かって歩いているときから、すでに頭の中が静かになっている。
電車に乗って、ドアの近くに立つ。
揺れに合わせて体を預けながら、外の景色をなんとなく見ている。
気づいたら、何も考えていない時間が続いているんです。
「あれ、さっきまで何してたっけ」
そんなふうに思うこともありました。
一日を振り返るわけでもなく、
次の日のことを考えるわけでもなく、
ただ、ぼんやりしているだけの時間。
頭が空っぽになっているような感覚でした。
営業先から直接帰る日も、同じです。
訪問が終わって、会社に戻らずそのまま帰るとき。
電車に乗った瞬間、どっと力が抜ける。
さっきまで話していた内容や、
電話でやり取りしていた言葉が、遠くに行ってしまう感じがする。
「あの説明、ちゃんと伝わってたかな」
そんな考えが一瞬よぎっても、すぐに消えていく。
何かを考えようとしても、
うまく頭が動かないような感覚がありました。
ただ、揺れているだけ。
周りの人たちも、みんな静かに立っている。
スマホを見ている人もいれば、目を閉じている人もいる。
その中で、自分も同じように立っているだけ。
ある日、窓に映った自分の顔を見て、
少しだけ驚いたことがあります。
表情が、思っていたよりもぼんやりしていた。
疲れているというより、
気持ちがどこか遠くに行っているような感じ。
そのとき、「ああ、少し放心してるんだな」と思いました。
一日中、電話をして、営業先で話して、
言葉を選びながら過ごしている。
相手の反応を見て、言い方を変えて、
どうすれば伝わるかを考え続けている。
気づかないうちに、ずっと頭を使っているんだと思います。
だから、帰りの電車に乗った瞬間、
何も考えなくていい時間が急にやってくるのかもしれません。
スマホを見ようと思っても、
そのまま画面を開かずに閉じてしまう日もあります。
何かをする気力がないわけじゃない。
でも、何もしなくていい時間が、少し心地いい。
ただ、電車に揺られているだけでいい。
そんなふうに感じる日が増えてきました。
ふと気づくと、最寄り駅に着いている。
「あ、もう着いたんだ」
そう思って降りることもあれば、
逆に、まだ着かないのかと感じる日もある。
同じ時間、同じ距離なのに、
日によって感覚が違うのが不思議でした。
でも、その時間は、
会社のことから少しだけ離れている時間でもありました。
完全に忘れているわけではありません。
頭のどこかには、
今日の出来事や、明日の予定が残っている。
それでも、電車の中では、
それを深く考えずにいられる。
何もしていないのに、
少しだけ回復しているような感覚がありました。
体を休めているというより、
頭を止めている時間。
それが、思っていた以上に大事なのかもしれないと感じることもありました。
駅に着いて、ホームに降りると、
また現実に戻る感じがします。
歩きながら、「今日は何件電話したっけ」と思い出したり、
営業先で話した内容がふと浮かんできたりする。
「明日はもう少しうまく話せるかな」
そんなことを考え始める日もあります。
でも、電車に乗っていたあの時間だけは、
頭の中が静かだった。
帰りの電車で放心する時間。
それは、疲れている証拠なのかもしれないし、
一日を終えたあとの、小さな休憩みたいなものだったのかもしれません。
言葉を使わなくていい時間。
誰かに気を遣わなくていい時間。
その短い時間があるから、
なんとか毎日を切り替えられているのかもしれない。
何も考えずに揺られているあの時間が、
いつの間にか、自分の中で当たり前のものになっていった頃の話です。
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